NPBでの経験と今後の取り組み
2014.09.04 Thursday
初めまして、私の名前は武井敦彦と申します。
2010年秋〜2012年シーズン終了まで、横浜DeNAベイスターズアスレチックトレーナーとして1,2軍のコンディショニング管理を担当していました。
今回は、私がどのような経緯で日本プロ野球界においてアスレチックトレーナーとして関わることになったか、また現在の活動内容に関してお話をさせていただきます。
高校卒業後、NATA-ATCの資格を取得するべく、ネバダ州立大学ラスベガス校に入学しました。
在学中、PBATSとJBATSのアリゾナ研修制度で、2週間ほどMLB テキサスレンジャースのメジャーチーム春キャンプにインターントレーナーとして参加し、そこで最先端のコンディショニング管理を学んだのはもちろんの事、様々な国から来ている選手、スタッフ達と楽しい時間を共有出来、すっかりトレーナーとして野球を取り巻く環境に魅了されました。
その後、時間さえあれば、アリゾナ州フェニックスにあるレンジャースの施設で、選手のケア、リハビリ、トレーニング指導などを実体験させていただきました。
NATA-ATCの資格取得後、正式にMLB アリゾナダイヤモンドバックスのマイナーチームアスレチックトレーナーとして契約し、2007年〜2008年の2シーズン、選手のケア、リハビリだけではなく、トレーニングの補助、食事の用意や遠征の手続き(ホテル、バス等の手配)も行いました。
マイナーリーグではトレーナーの仕事だけではなく、フロント業務なども兼任しているので、試合中でもベンチにいながら常に電話やメールをしなくてはいけないぐらい多忙でした。
帰国後、フリーランスのトレーナーとして野球だけではなく、テニスやサッカーにも関わっていたところ、横浜ベイスターズが外国人選手もケア出来るコンディショニングトレーナーを探しているということで声をかけていただき、2010年奄美大島での秋季キャンプからチームに参加いたしました。
初めは、日米の“野球”に対しての捉え方に戸惑いました。アップの仕方、練習時間の違い、ケアに対する考え方などです。
しかし、慣れていくにつれて、日本野球特有の野球特性を考えたトレーニングメニューや、様々な理論に裏打ちされた調整法を沢山学ぶことが出来ました。
在籍した2シーズンの間に1,2軍両方を担当いたしましたが、同じプロ野球でも、1,2軍では仕事の内容は同じでも、趣旨が全く異なります。
1軍は、毎日が勝負なので、どれだけ選手のコンディショニングを良い状態に保つ事が出来るかということを考えますが、2軍では、若手が多いので、試合をしながら、練習やトレーニングで負荷を掛け、育成も担っています。
2シーズンと短い時間でしたが、素晴らしい選手、スタッフと共に仕事が出来、本当に貴重な経験をさせていただきました。
そして、2012年シーズン終了後、更なる成長を目指し、Passion Sports Trainingを立ち上げ、野球だけではなく、他競技のジュニア〜プロ選手のパーソナルトレーニング指導を行う傍ら、コンディショニング概念を普及するべく、各種セミナー、雑誌への執筆活動を始めました。
プロ野球選手は、高いレベルで自分自身のコンディショニングをトレーニングやセルフケアによって向上させる術を持っていますが、ジュニア、アマチュア選手、そしてスポーツ愛好家達は、アイデアがあってもそれをどのように、どんな場面で活用していいのか分からないのが現状です。
その結果、パフォーマンス向上の阻害はもちろんの事、スポーツ傷害に繋がることが少なくありません。
ですから、今後も継続して日米野球界で習得した“コンディショニング概念”を通じて、どのレベルや競技のアスリートでもベストパフォーマンスを発揮できる指導を行っていきたいと思います。
また、その中から、将来プロ野球の世界だけではなく、オリンピックなど国際的な競技大会で活躍出来る選手をサポートすることを目標として活動をしてきたいと思います。
Passion Sports Training代表 武井敦彦
2010年秋〜2012年シーズン終了まで、横浜DeNAベイスターズアスレチックトレーナーとして1,2軍のコンディショニング管理を担当していました。
今回は、私がどのような経緯で日本プロ野球界においてアスレチックトレーナーとして関わることになったか、また現在の活動内容に関してお話をさせていただきます。
高校卒業後、NATA-ATCの資格を取得するべく、ネバダ州立大学ラスベガス校に入学しました。
在学中、PBATSとJBATSのアリゾナ研修制度で、2週間ほどMLB テキサスレンジャースのメジャーチーム春キャンプにインターントレーナーとして参加し、そこで最先端のコンディショニング管理を学んだのはもちろんの事、様々な国から来ている選手、スタッフ達と楽しい時間を共有出来、すっかりトレーナーとして野球を取り巻く環境に魅了されました。
その後、時間さえあれば、アリゾナ州フェニックスにあるレンジャースの施設で、選手のケア、リハビリ、トレーニング指導などを実体験させていただきました。
NATA-ATCの資格取得後、正式にMLB アリゾナダイヤモンドバックスのマイナーチームアスレチックトレーナーとして契約し、2007年〜2008年の2シーズン、選手のケア、リハビリだけではなく、トレーニングの補助、食事の用意や遠征の手続き(ホテル、バス等の手配)も行いました。
マイナーリーグではトレーナーの仕事だけではなく、フロント業務なども兼任しているので、試合中でもベンチにいながら常に電話やメールをしなくてはいけないぐらい多忙でした。
帰国後、フリーランスのトレーナーとして野球だけではなく、テニスやサッカーにも関わっていたところ、横浜ベイスターズが外国人選手もケア出来るコンディショニングトレーナーを探しているということで声をかけていただき、2010年奄美大島での秋季キャンプからチームに参加いたしました。
初めは、日米の“野球”に対しての捉え方に戸惑いました。アップの仕方、練習時間の違い、ケアに対する考え方などです。
しかし、慣れていくにつれて、日本野球特有の野球特性を考えたトレーニングメニューや、様々な理論に裏打ちされた調整法を沢山学ぶことが出来ました。
在籍した2シーズンの間に1,2軍両方を担当いたしましたが、同じプロ野球でも、1,2軍では仕事の内容は同じでも、趣旨が全く異なります。
1軍は、毎日が勝負なので、どれだけ選手のコンディショニングを良い状態に保つ事が出来るかということを考えますが、2軍では、若手が多いので、試合をしながら、練習やトレーニングで負荷を掛け、育成も担っています。
2シーズンと短い時間でしたが、素晴らしい選手、スタッフと共に仕事が出来、本当に貴重な経験をさせていただきました。
そして、2012年シーズン終了後、更なる成長を目指し、Passion Sports Trainingを立ち上げ、野球だけではなく、他競技のジュニア〜プロ選手のパーソナルトレーニング指導を行う傍ら、コンディショニング概念を普及するべく、各種セミナー、雑誌への執筆活動を始めました。
プロ野球選手は、高いレベルで自分自身のコンディショニングをトレーニングやセルフケアによって向上させる術を持っていますが、ジュニア、アマチュア選手、そしてスポーツ愛好家達は、アイデアがあってもそれをどのように、どんな場面で活用していいのか分からないのが現状です。
その結果、パフォーマンス向上の阻害はもちろんの事、スポーツ傷害に繋がることが少なくありません。
ですから、今後も継続して日米野球界で習得した“コンディショニング概念”を通じて、どのレベルや競技のアスリートでもベストパフォーマンスを発揮できる指導を行っていきたいと思います。
また、その中から、将来プロ野球の世界だけではなく、オリンピックなど国際的な競技大会で活躍出来る選手をサポートすることを目標として活動をしてきたいと思います。
Passion Sports Training代表 武井敦彦